大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(ネ)833号 判決 1984年10月31日

控訴人

斉藤静子

右訴訟代理人

羽尾芳樹

被控訴人

笠松昭夫

右訴訟代理人

筒井信隆

筒井具子

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は次に付加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決一枚目裏四行目「斉藤芳雄」の次に「(以下、芳雄という)」を加え、以下「訴外斉藤芳雄」を全て「芳雄」に改める。一枚目裏一〇行目から一一行目にかけての「支払つた。」から二枚目表三行目「原告は」までを「支払つたほか右売買代金として」に、三枚目表一行目「商法二六六条の三」を「有限会社法三〇条の三」に改める。

2  控訴人

乙第一ないし第四号証(乙第一号証は偽造文書)を提出し、当審における控訴人本人尋問の結果を援用した。

3  被控訴人

乙第二ないし第四号証の成立は認める。乙第一号証は真正に成立したものである。

理由

一その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められる<証拠>によると請求原因一ないし三の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二被控訴人の本訴請求は控訴人に対し、会社の取締役として有限会社法三〇条の三に基づく責任を追及するものである。そこで控訴人が会社の取締役であるか否かについてまず検討する。

<証拠>によると、会社は昭和四七年四月二四日設立され、芳雄が代表取締役、控訴人が取締役に就任した旨の登記がなされていることが認められ、<証拠>にも両名を会社の取締役とする旨の記載が存する。

しかし、<証拠>によると、次の事実が認められる。

控訴人は、昭和三六年三月三〇日、当時家畜の授精師をしていた芳雄と結婚し、上越市(当時は高田市)森田字屋敷三二四番地において芳雄及びその両親と同居して、家業である農業・養豚業を手伝つていたこと、ところが、芳雄は結婚当初より麻雀・競馬等に凝り、生活費を入れず、賭け事の資金のために父斉藤文雄所有の不動産を同人の了解を得ずに担保に供して金融業者より借金をするようになつたこと、芳雄が右借金を返済することができなかつたため、昭和四六年三月ころ文雄はその所有の控訴人らが居住していた家屋や農地を競売によつて失い、控訴人は同市国府一丁目に転居を余儀なくされ、このころから飲食店店員として働くようになつたこと、これより前昭和四四年春ころ芳雄は不動産業を始め昭和四七年四月、会社設立に際して控訴人に会社の役員になることを依頼したが、控訴人は前記の芳雄の行状を考えこれを拒絶したこと、会社は上越市西本町三丁目八番一八号に事務所を構え、設立当時に一名の事務員が居たほかはもつぱら芳雄が一人で業務を行つていたこと、控訴人は会社設立後三、四年は時折り清掃のため事務所を訪れたことはあるが、会社の業務に関与したことはなく、芳雄からも会社の業務について何ら知らされることもなかつたこと、控訴人は昭和五四年一月六日芳雄と協議離婚し以後別居して事務所を訪れることもしなかつたことが認められる。

右事実に照らすと、控訴人が会社の取締役に就任した旨の前記登記は控訴人の意思に反してなされたものと推定するほかはなく、また<証拠>中控訴人作成名義の部分はこれを真正な文書とみとめるに足りず、控訴人が取締役就任を承諾した証拠とすることはできない。その他控訴人が会社の取締役に就任したことを認めるに足りる証拠はない。

従つて、被控訴人の請求は理由がない。

三仮に、控訴人が会社の取締役に就任した事実があつたとすれば、前認定のように控訴人は会社の業務に全く関与したことのない単なる名目上の取締役に過ぎないことは明らかである。他方会社には代表取締役が設置され、芳雄がこれに就任していることは前記のとおりであるところ、有限会社において代表取締役を定めた場合には代表取締役のみが業務執行権を有するのであるから、他の取締役は有限会社の業務上の意思決定及びその執行に当然には関与できないし、株式会社の場合と異なり、取締役会のような代表取締役の業務執行の監視・監督を十分に期待しうる制度はないから、他の取締役の、代表取締役の業務執行に対する監視、監督の義務の程度はかなり軽減されるものと言わなければならない。本件は代表取締役である芳雄が会社として預り保管中の被控訴人の金員を横領したことによる損害の賠償を控訴人に求めるものであるが、前記の状況のもとでは控訴人が芳雄の右不法行為を防止できなかつたことに、取締役として会社に対する任務懈怠、忠実義務違反があつたとすることはできない。被控訴人の請求は理由がない。

四よつて、本訴請求はこれを棄却すべきところ、当裁判所の右判断と結論を異にする原判決は相当でないのでこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(吉江清景 林醇 渡邉等)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例